今日、僕が学んだこと。~一歩ずつ愚直に前進、プチファイ・ライフ~

あふれる野心と現実とのギャップにもがく36歳のビジネスパーソンが、日々の生活で得たちょっとした学びをつづり「明日もまた頑張るか=プチファイ!」な気持ちを共有していく場です。・・・Emory大学でMBAを取得して帰国しました!

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『終末のフール』(伊坂幸太郎)@命と向かい合う勇気とは 

セミナー等でいつもお世話になっているYさん【→こちら】から「知り合いの息子さんが小説を書いているんだけど・・・伊坂幸太郎って、結構有名なんだけど知ってる?」というのが読んだきっかけでした。

『終末のフール』(伊坂幸太郎著)



恥ずかしながら読んだことがありませんでした・・・。(しかも結構どころか数々の文学賞を獲られた超有名作家じゃないですかっ!)本はかなり読む方なんですが、以前もご紹介しましたが【→こちら】小説は昭和初期頃のゴツイ作品が好きなもので、正直興味の対象外だったんですね。

ですが、結論からいうと読んでよかった!本小説は背景が現代社会に近いということもあり、感覚が現実に近いというか、ストレートに生きる勇気やホロリとさせられる言葉が伝わってきました

この『終末のフール』は、「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する」という発表を受けて世界が混乱に陥ってから5年がたち滅亡を3年後に控えた中、仙台のとある団地を舞台にした人間模様を短編連作の形で描き出しています。

離れ離れになった家族との再会、滅亡を3年後に控えてもタイトルマッチに向けて黙々と鍛錬を続けるボクサー、出産すべきか否かに悩む優柔不断な男、と舞台は様々ですが、「生きる/生命」と正面から向かい合うことへの勇気を与えてくれます。

“頑張れ”とは言わないんですが、世界が終わる前に勇気を奮い起こして前を向こうとする人々の姿やちょっとした言葉を読むと、なんだか僕も明日へ一歩踏み出すためにちょっと背中を押してもらえたような気持ちになります

この本の帯のメッセージが全てを語っているのかもしれません。「この命をあきらめない。生きる道のあるかぎり。」

【今日の学び】
今日という日は残された日々の最初の一日。


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さっき見たところ、アマゾンでは718位でした。当然人には好き嫌いがあるわけですが、売れているものはそれなりに伝わってくるメッセージがあるものです。僕のような「現代小説ってちょっと軽くて読む気がしない」タイプの方も、本書は“さりげなく”(←これが重要)メッセージを伝えてくる佳作と思います。おすすめ。

『終末のフール』(伊坂幸太郎著)

最近よく宣伝してるこの映画の原作も伊坂幸太郎さんだったんですね!読んでみようっと。↓

『陽気なギャングが地球を回す』(伊坂幸太郎著)




[ 2006/05/15 00:34 ] 文学 | TB(13) | CM(0)

『アクロイド殺害事件』(アガサ・クリスティ)@ひねくれ発想のエネルギー 

偶然(←実はブックオフでまとめ買いしたから)なのですが、最近ガストン・ルルーとかチェスタトンとか、古典ミステリーに触れる機会が続いています。

※ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』記事はこちら
※チェスタトン『ブラウン神父の童心』記事はこちら

『アクロイド殺害事件』(アガサ・クリスティ著)



知らない人はいないであろうアガサ・クリスティのポワロ登場作品の中でも、最も有名な作品といえるでしょう。実は何となく結末は知ってはいたのですが、これまた使命感に駆られて読んだというのが正直なところでした。

しかし、斬新な手法です!うーん、びっくり。わかっていても口アングリという感じですね。最後まで読んでから、パラパラっと読み返してみると、その完成度の高さに再度驚かされます。クリスティが前書きで、このトリックはアンフェアだという批判の声に自信を持って反論することを楽しんでいた云々というくだりも、十分に納得できます。しっかりとした裏づけがあったうえでの冒険、というのがプロの仕事を感じさせますね。

ストーリーを紹介してしまうと台無しになので、これ以上は触れませんが、やはり「古典的名作」といわれるものは読んでおくべきだと改めて感じましたね。今更ながらですが、強くお勧めの一冊です。いろいろな出版社から出ていますが、個人的には創元推理文庫のがもっとも読みやすく装丁も雰囲気があっていいと思いますね。

『アクロイド殺害事件』(アガサ・クリスティ著)


・・・比べるのは全くおこがましいのですが、心情的にはとても似た冒険をした経験が、鮮烈に僕の記憶に残っていたりします。

忘れもしない小学校5年生の夏休み前。宿題で読書感想文を課せられました。優秀作品は市が主催する作文コンクールに出品されるというものです。その頃から読書大好きだった僕は先生に「どんな本の感想でもいいんですか?」と元気よく質問をしました。すると先生は、虫の居所が悪かったのでしょうか、「何を聞いてたんだ、読書の感想を書けばいいんだ!」と怒鳴られたのです。(当時その先生とは非常に相性が悪かったのです・・・)

カッチーンときた僕は「はいはいはい、わかりました~~~」と口を尖らせて答えると、家に帰るや否や猛然と作文を書き始めました。タイトルは「なぜ人は読書するのか」。・・・そうです。「『読書』の感想ならいいんでしょ」とばかり読書についてひたすら書き進めたのです。詳細は忘れましたが、「人は快楽をはじめとする本能的欲求を満たすために読書するのであり、教育の場において読書を強要するのは愚の骨頂だ」とかいった挑発的な作文であったことは鮮明に覚えています。といっても単なる学校批判ではなく、自分の読書に対する思い入れをひたすら書いたのが印象に強く残っています。

で、それが鮮烈に印象に残っている理由は、そうして提出した作文が読書感想文部門ではなく、なんと一般部門の方で大人や大学生に混じって表彰されてしまったからなのです。市庁で表彰される僕の姿を、担当の先生が渋い渋~い表情で見ていた姿は忘れることができません。


振返れば、大人気ないというか困った小学生だなと苦笑いするしかないのですが、「今に見てろよ」という反発心は、時にとんでもないエネルギーとクリエイティビティを生むことがあるのだなと今もしみじみ思います。

全くの想像ですが、クリスティも当時の文壇や推理小説の流れに対抗し、「これでどうだ!」という思いで作品を書いたのではないでしょうか。意識して何かに反発する必要はないかもしれませんが、「俺がすごいのかましてやるぜ」ぐらいの勢いは常に持って行動するぐらいで、人間ちょうどいいんじゃないのかな。

【今日の学び】
「今に見てろよ」の心意気が創作のエネルギーとなる。ただし、しっかりとした裏づけが必要な事は忘れずに。


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[ 2006/02/28 21:08 ] 文学 | TB(3) | CM(0)

『黄色い部屋の謎』@自分の立ち位置を感じたい本能的欲求 

読むのに結構時間がかかりましたが、推理小説好きとしてはぜひ読んでおかねばという使命感にかられて読了しました。

『黄色い部屋の謎』 ガストン・ルルー



“推理小説歴代ベストテン”のような企画では欠かさず上位に名を連ねる「密室トリックの元祖」として著名な作品ですね。

内部から完全に密閉された〈黄色い部屋〉の中から令嬢の悲鳴が聞こえ、救援にかけつけた一同がドアをこわして飛び込んだとき、血の海の中には令嬢が倒れていた。犯人はどこから脱出したのか?

・・・現在ではよくみるストーリーですが、この作品が1908年に発表されたということを聞くと、驚きを禁じえません。なにぶん時代描写に「古典」が強く香り(その香りを楽しむのに結構時間がかかりました)ますが、“心理的”密室トリックと意外な犯人を知らされての衝撃は、現代でも十分通じるものと思います。

また、主人公のルウルタビイユの華麗な推理と、フィナーレで裁判所に駆け込んでおいて「僕は事実を知っている。しかし夕方六時半までは言うことができない!」と啖呵を切ってみせるあたりは、胸踊る大活劇も想起させ、ドキドキ感も味わえるお得な?つくりになっています。


ところで、人並み以上に読書好きな僕ですが、その中でも古典的作品ってなんだかひかれるんですよね。なぜなんでしょう?

現代作品に比べて読みにくいんですが、そのつっかえ感が逆に味わいをうむというか。教養ぽい雰囲気が心地よいといいますか。新作でこれだけつっかえ感があったら最後まで読まないような気もしますが、古典ならばアリかと。

ひとつ気付いたのは、無意識のうちに最近のミステリー(小説に限らず、例えば『古畑任三郎』とかも含め)と比較している自分がいたことですね。知らぬうちに「古典」「元祖」「名作」と比較することで、自分そしての現在位置を確認する喜び/本能的欲求を満たしていたといえるかもしれません。

以前、チェスタトンの『ブラウン神父』シリーズについて書いたことがありますが(→こちら)、歴史をふりかえる喜びという意味では共通する感情ですね。これって人間が存在を自問する根源的欲求といえるのかもしれないな。・・・古典はいつの世でも一定程度需要があって、時にブレイクするときもありますよね。出版や情報発信にかかるビジネスを存続させていくためのモデルづくりにおいて視野に入れるべきポイントなのではないか、なんてことを感じた今日この頃です。

【今日の学び】

古典には、現代作品では満たしきれない「人間が存在を自問する根源的欲求」を満たす魅力がある。根源的欲求に応える商品やサービスを提供するビジネスには自然と存続していく可能性が高まっていく。


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『黄色い部屋の謎』 ガストン・ルルー

↑歴史とスリルの香りを両方味わえる、という意味で一読の価値アリと思います。それにしても、文庫本はランチ一回分ぐらいの値段でこれだけ楽しむことができる素敵な文化だなとしみじみ感じますね~






[ 2006/02/14 10:41 ] 文学 | TB(1) | CM(3)

古典ミステリーの売出し方@チェスタトン『ブラウン神父の童心』創元推理文庫 

読書好きな僕ですが、ミステリーや推理小説は比較的敬遠していた分野でして、心底大好きなシャーロック・ホームズのシリーズ以外はほとんど読んだことがありませんでした。そんな僕が久しぶりにハマった推理小説がこちら。

G・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』



チェスタトンは1900年代前半に活躍したイギリス人作家で、評論家としても名をはせたものの、最も有名なのはブラウン神父が活躍する短編推理小説シリーズで、『~童心』はブラウン神父シリーズ第一作の1911年作品で、海外ミステリの世界ではいわゆる“古典的名作”に分類されている一冊です。短い一編一編の中に奇想天外なトリック、皮肉とユーモア、逆説と形容が次々と飛び出してきて、一気に読みきってしまいました。

今から95年前の作品ということで、翻訳しても言葉づかいや人々の言動には当時の空気が反映されていて現代と比較すると違和感を覚えるところはあるのですが、それはそれで古典の味として実にいい感じを醸し出しています。ところで、基本的にホームズ以外のミステリーには手を出さない僕が、なぜ古典的名作と呼ばれる類のこの一冊を手にとるに至ったのか?

このブラウン神父シリーズを手にとるきっかけとなったのは『名探偵登場』と称する創元推理文庫が発行する小さなリーフレットでした。ホームズ、ポワロをはじめ、明智小五郎のような日本作家によるものも含め、古今の“名探偵”とその登場作品を一覧マップとして紹介されていたのです。

歴史をマップで見せられると、不思議なもので「おっ、こんな探偵像がこんな時代に描かれているのか?読んでみようかな」と思いをめぐらせてしまうのですね。古典的名作というと引いてしまう部分があるのですが、このように名探偵の系譜を追うというアプローチは、人を自然と源流に導いてくれるところがあるのだなと感じました。

ということで、

【今日の学び】

古典は「取り出す」のではなく、ジャンルの「歴史をさかのぼる形」で導くことにより、ユーザーに対してアピールする価値を更に高めることができる。


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・・・さて、最後にひとつご紹介を。僕は決断に際しては、それなりにいろいろ情報を集めたりするようにしているのですが、今年は本だけでなく、メールマガジンに背中を押してもらうシーンが本当に多かったです。例えば「ブログで情報発信する」ことひとつをとっても、ITに決して強いとは言えない僕のなかでは抵抗感があったのですが、いざ始めてみると・・・そりゃしんどいこともありますが、楽しいことの方が百倍千倍多いのです!

そんな僕の背中を押してくれたメルマガ『エンジニアがビジネス書を斬る!』【通称:エンビジ】をご紹介したいと思います。その名の通り、エンジニアの“まるるちゃん”さんがビジネス書をネタに学びを語っているのですが、視点に付加価値がついているというか。誤解を恐れずに書くと「ロジカルに、さくっと、かつ前向きに」な感じ?

「うーん、そもそもこれの位置付けは●●だからして・・・」みたいな人が僕の身の回りには多いので、危うくそんな毒気にあてられかけていたのかもしれません。書評も味わえますし一挙両得、ということで学びを求めていらっしゃる方は登録されてみては?(もちろんメルマガなのでタダですよ;)

『エンジニアがビジネス書を斬る!』




[ 2005/12/18 22:07 ] 文学 | TB(7) | CM(4)

そもそもの存在への問いかけ@安部公房「R62号の発明・鉛の卵」 

社会人になってビジネス書の読書全体に占める比率がとても高くなったのですが、あまり実用書に偏らないように、文学作品も最近意識して読むようにしています。学生時代は文学オンリーで、同人誌で作品集らしきものを出版したりもしていたものです。あ~懐しい。

以前からベストセラー文学はどうもピンとこなくて、ある程度時間が過ぎても淘汰されなかった昭和の作品を愛読するようになりました。

有名どころの作品は『新潮文庫の百冊』シリーズなんかでひと通り手をつけたのですが、その中で特に好きな作家のひとりである安部公房を先週久しぶりに読み返しました。久しぶりでしたが、相変わらずの破壊力に感じるところがありましたのでご紹介の筆をとることにしました。

※小学6年の時にクラスでつくった文集で「好きな本・作家」の欄に“安部公房、特に『砂の女』が印象に残っています”と書いたのは僕です。う~ん、この青臭さが何だかいいですねって自己陶酔。。。


安部公房は新潮文庫版で読んでいるのですが、『砂の女』以外で非常に印象に残っている作品集が、安部の初期作品集である『R62号の発明・鉛の卵』です。特に表題作『R62号の発明』のエンディングは忘れようにも忘れられませんよ。。。

『R62号の発明・鉛の卵』

<あらすじ>
機械の出現によって仕事を失くし、生活のために自らの身体を経営者に売ることを余儀なくされた機械技師。男の身体はロボット「R62号」へと改造されるのですが、R62号が経営者の命を受けて人間のためにつくりあげた発明品とは・・・

昭和30年代後半という背景を考慮すると、更に深く深く味わえます。もちろん、現代読み返しても古臭さは全く感じさせず、むしろ警鐘が時代を超えて響き渡り、製造業に携わるビジネスパーソンとしては背筋が凍らざるを得ません。(衝撃を味わっていただきたいので、上のあらすじには結末まで書いていないのです)そもそも、何をしたくて我々は機械を導入したのか、その中で我々の存在価値は何なのか?

いまベストセラーになる作品は、どちらかというと、ケータイやインターネットのサイバーコミュニティ・メディアツールを前提にした世界を描いていることが多い(またそれが自然なのでしょう)わけですが、もっと原始的な「文明とは」「人間(と技術の関係)とは」に焦点をあてた安部作品は、人間の存在の意味を深く問い直さずにはいられません。決して難解な文学ではなく、ストレートにパンチを浴びせてくる作品ですので、初めての方でもとりあえず手にとっていただきたいです!

【今日の学び】
そもそも私たちは何をしたいのか、何を目指しているのかを常に問い直す必要がある。技術の最先端を追うことも重要だが、何のためにそれに取り組んでいるのかを問うことはもっと重要。

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テーマ : 小説 - ジャンル : 小説・文学



[ 2005/11/21 20:40 ] 文学 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

プチファイ!

Author:プチファイ!
秘めた野心と現実のギャップと日々戦う36歳のビジネスパーソンです。
しんどいことは沢山あるけど、日々の生活にころがっているちょっとした発見を心の糧に「ちょっとだけ頑張ってみよう!」という思いを大切に前に進んでいこうと「プチファイ!」と名づけました。

AtlantaのEmory大学でMBAを取得してこのたび帰国しました。また新たなステージで一歩一歩前進していきたいものです。

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